登呂遺跡


登呂遺跡 再整備へ

日本の考古学の起点ともなった静岡市駿河区の登呂遺跡が7月以降、再整備に入る。 
弥生時代後期の遺跡は昭和18年に発見、調査は22年から民俗学、土木工学、自然
科学などさまざまな分野の専門家を集めて行われた。しかし当時の発掘技術は低く、
平成11年度から行われた調査から、根本的な変更を迫られた。遺跡は12軒の家と
2棟の倉庫からなる集落と水田約8f、そのうち公園は約7f。計画では復元竪穴住居
を実際の遺跡の上に建てる。水田跡や水路なども弥生時代に近い環境を整え、
博物館もリニューアルする。

静岡新聞 平成18年(2006年)4月14日付、朝刊より抜粋、転記したものです。

静岡市で生まれ育った手作り石鹸ラローザのホームページ管理者が
これまでの、様子を記録に残しておきたいと遺跡内の写真をホームページに掲載することにしました。

(2006年4月20日、記)

追記 写真や説明文は順次追加する予定です。(5月23日、記)

近隣のお店特にお土産を売るお店が北と南の2軒しか残っていません。
何とか続けてほしいと願っています。
登呂遺跡について教科書からなくなったのは5,6年前と聞いていますが
それ以来学生の見学が激減したということでした。
(2006年12月22日、記)
ラローザTOP 住居跡や水田 登呂博物館 芹沢美術館 近隣のお店情報 
  登呂遺跡内の樹木 

追記
再整備に入った工事についての知らせ、住居あとや水田跡の様子です。
(2007年4月30日、記)
再整備について  公園内の現在の様子

新しい村落が出来ていました。2008年7月から開放される
と、火おこしを実演してくださった方のお話です。
(2008年5月15日、記)
新しい村落  火おこし
登呂遺跡 石碑

特別史跡 登呂遺跡

特別史跡
登 呂 遺 跡


 登呂遺跡は、太平洋戦争中の昭和十八年に軍需工場造成中に発見さ
れました。
 昭和十八年から昭和四十年までの間に6回にわたる発掘調査が行われ、
弥生時代の「米づくり」が日本で初めて確認された農耕集落の遺跡として
世界的にも注目されています。
 関連する学問による総合的な発掘調査によって住居跡や高床倉庫の跡、井戸の
跡、それに八〇、〇〇〇uをこえる水田の跡(畦道や水路など)、さらに 周囲の樹木
の様子を示す森林の跡などの自然環境まで明らかにされました。
 このような遺稿と共に米づくりのための木製農耕具や狩猟、 労の道具、機織り
火起こしの道具、それに占いに用いた骨(卜骨)など、弥生時代の人たちの生活
を物語る貴重な資料が数多く出土しています。
 登呂遺跡は弥生時代の農耕集落全体の様子が明らかにされた重要な
遺跡として昭和二十七年に国の特別史跡に指定(昭和五十三年追加指定)され
史跡公園として保存、整備されています。(上の写真より転載)


登呂遺跡は、太平洋戦争中の昭和18年に軍需工場造成中に発見
されました。

交通のアクセス          東名高速静岡インターより約15分
                       
                      JR「静岡駅」北口ターミナル4番線より
                           「登呂遺跡行き」のバス終点下車 約20分

住所                    静岡市駿河区登呂5丁目  

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